東日本巨大地震 2011.3.11 木更津 津波

東日本巨大地震から今日で五日目。

被災された方々にお見舞い申し上げます。
亡くなられた方々のご冥福をお祈り申し上げます。

しかし今この言葉の力の弱さを感じます。
テレビ等で知るあの被災状況に遭遇されている方々に、
本当にどのような言葉をおかけしたら良いのか思いあぐねてしまいます。

この数日被災地のあまりの被害の大きさに、被災された方々、亡くなられた方々、
広範囲な被災地で救助や復旧作業をする方々、
とても危険な状況が現在も進行中の原子力発電所で作業をされている方々、
そのご家族や関係する方々に対する気持ちをどのような言葉であらわせばいいのか
躊躇していました。

ここ木更津でも津波の被害を受けた方々がいらっしゃいます。

しかし巨大地震が木更津へ与えた影響を知って頂き、また記録に留め、
もしかしたら少しでも今後の防災のための参考資料になるかもしれないと思いお伝えいたします。



3月11日午後3時ごろ車を運転中地震が起こりました。
ラジオで震源地が東北の緊急地震警報の放送がありました。

東北ならそんなに揺れることはないだろうと思って運転していました。
その直後揺れが始まりました。

そのうち感じたことのない強い揺れになり、ハンドルを取られスピードをゆるめました。
前の車がハザードを点滅させ止りました。

私も車を道路脇に止め降りると
歩道には女性が数人小さな娘さんを抱きしめ道路に伏せるようにしゃがみこみ
大きな揺れに耐えていました。

電柱が倒れてくるのではないかと思うほど大きく揺れています。
すぐ移動できるようになんとか立っていましたが車酔いのような感じになりました。

地震の揺れが小さくなったので車に乗り込み家に向かいました。
道路の両脇を見ると建物の被害は見られないようでした。

母親の安全を確認してスーパーへ非常食を買いにいくと(まだ大量に買い物をする人は
居ないようでした)棚からビンが落ちたようで定員さんが掃除をしている通路には
酢のにおいが漂っていました。
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しかしスーパーの行き帰りも大きな被害を見ることはありませんでした。
家に帰りテレビを観ると大津波警報が出ています。
船の様子を見に行くと、津波が来たと近所の方が教えてくれました。

水門がすでに閉まっていました。
今しがた津波が来たのにもうかなり潮がひいているのが岸壁の濡れ方で判ります。

津波が来れば誰かの船が被害を受ける可能性があります。
数年前の突風での高潮で何艘かの漁船が転覆しています。

手助けが必要になるかもしれません。
漁師仲間が数人様子をうかがっていました。

津波警報発令中は海や川に近づいては危険なのは承知しています。
しかしこの地区は津波が岸壁を越えたらどこに居ても大して変わらないのではないでしょうか。

水門施設や排水設備で台風や高潮での洪水被害はほとんどなくなりましたが
新田・貝渕地区は低い土地が多いのです。

見る見るうちに潮が引き地面が出てしまいました。
「来るぞっ!」と誰かが言うと間もなく白波を立てた津波が来ました。
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薄い、小さい波だな・・・と思ったら
激しい流れがやって来ました。

まさしく激流が絶え間なく押し寄せ船だまりの水はどんどん増え
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激しい流れに押された舟が一艘転覆しました。
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津波の強い力、激しい潮の流れに舟が奥へ奥へと押されていきます。
その激しさは人が手を出せるような状況では有りません。
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申し訳ありませんが記録をとることに専念しました。
津波に四艘の船が呑み込まれました。
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それでもまだ、
盛り上がるような波を立てながら弱まることなく激流がさかのぼってきます。
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モヤイが解けたプレジャーボートが船だまりの奥へ流れてきます。
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もう道路よりかなり上まで潮が上がっています。
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橋の下に隙間がないほど津波は押し寄せました。
ここで危険を感じ、一人家に居る母に状況を教えにいったん避難しました。
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濡れてもいいように長靴に履き替えて戻りました。
側溝から海水が噴き出して道路が冠水しています。
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桟橋が壊れ、船は岸壁より上に浮き上がり、道路は川のようです。
かろうじて住宅の浸水には至らなかったようです。
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潮が引き始めました。
満潮時だったらどんなことになっていたでしょう。
間違いなく床下、床上浸水でしょう。

そしてあの激しい流れが岸壁を越えていたら、と思うと・・・
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道路まであと30センチのところまで津波は来ていました。
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津波はその後も何波か来ました。
だんだんと小さくなって2日ぐらい続きました。

四艘のほかに一艘が船底を破損する被害を受けました。

そのほか一艘が流され大破して発見されたそうです。

吾妻地区では六艘の漁船が転覆してしまいました。

プレジャーボートも何艘かが転覆の被害を受けたようです。

西口(港口)数箇所で冠水がありました。

自衛隊から中の島に延びる石積みの堤防が津波に破壊され流されました。


被害を受けた方々にお見舞い申し上げます。


行政による早急な防災対策が必要だと思います。
津波による海とその周辺の被害は把握されているのでしょうか。
津波の被害を知っている方が少ないように思います。
少しでも参考資料になればと思います。


巨大地震後も頻繁な余震と共に遠く離れた震源地での大きな地震がおこっています。
皆さんしばらくのご注意を。
くれぐれもご安全にお過ごしください。

by kissandrise | 2011-03-16 21:09 | いのち  

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